2012.9.16礼拝メッセージ要旨(マタイ7:1~12)

第一のポイントは、「さばいてはいけません」です。ここで混同してはならないのは、この世で行われている警察官や裁判官による裁きは別です。また、一つの組織体であれば、組織の長は時に適切な裁きを下さねばならないこともあるでしょう。ここで「さばいてはいけない」とは、一般の人間関係の中で、いつまでも根に持って、その人を赦さないということです。天の神様は、私たちを赦すために御子イエス様を遣わし、十字架の救いを成し遂げられました。イエス様によって赦された者が人を赦さないと再び赦されない者となってしまいます。次に、赦された、神の子とされたからといって、完全になったような錯覚をして、人の欠点に目を留め、もっと大きな自分の欠点に気づかないようでも困ります。使徒パウロは自分を「罪人のかしら」であると第一テモテ1:15で言っています。イエス様による赦しと救いは完全ですが、赦された罪人に過ぎないということを忘れないようにしましょう。
第二のポイントは、「豚に真珠」です。ここで、豚と犬が出てきますが、動物のことを問題にしているのではなく、ある種の人間のことを言っているようです。世の中、善意の人ばかりではありません。蛇のようにさとく(マタイ10:16)あるべきで、うっかり足をすくわれるようなことがないように、冷静な判断力も必要です。
第三のポイントは、「もとめなさい」です。日本人の一般的な傾向として、遠慮深いということがあげられると思います。一面、良いことではあるのですが、天の神様に対しても遠慮深くて何も求めないとしたら、これは大きな損失です。主は私たちに求めなさい(マタイ7:7)、わたしを呼べ(エレミヤ33:3)、あなたの口を大きく開けよ(詩篇81:10)と言っておられます。また、私たちは、イエス様の名によって天の父に求め、その祈りが答えられるために選ばれたのです(ヨハネ15:16)。

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