2012.12.16礼拝メッセージ要旨(マタイ10:34~42)   

①どこの国であれ平和であることを求めます。社会も家庭も平和であることを望みます。天の神様ご自身もこの地が平和であることを願っています。しかし、ここでイエス様は、「平和をもたらすために来たのではない」と言っています。例えば、家族の中で一人イエス様を信じると、そこには、霊的な分離が起こります。場合によっては家族からの激しい迫害を受ける場合もあるでしょう。そのとき、家族かイエス様か、優先順位を迫られます。イエス様を第一にするなら、家族の中に真の祝福をもたらすことになり、却って家族を愛することにつながるのです。
②人にはおのおの負うべき自分自身の重荷があります(ガラテヤ6:5)。私たち一人一人は世界でたった一人の特別な存在です。決して人真似などする必要はないし、自分自身を生きればよいのです。しかし、そうかと言って、自分の我欲のために生きるのではなく、主にあって生きる、つまり、イエス様のために自分に与えられた使命(十字架を負って)に生きるのです。
③震災後、当教会は多くの諸教会、諸団体、あるいは個人などよりあつい支援を受けました。それは、同じイエス様を信じる者として、ただそれだけのゆえにです。それらの方々に豊かな報いがあるようにと祈らされます。また、私たち自身も他の人々を助ける者となりましょう。水一杯でも報いに漏れることはありません。

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