2012.12.2 礼拝メッセージ要旨(マタイ10:16~33)   

①16節の「蛇のようにさとく、鳩のように素直でありなさい」とは、善に対しては鳩のように素直に受け入れ、悪に対しては蛇のように警戒せよ、ということでしょう。聖書のみことばほど善と言えるものは他にないのではありませんか。教会で説教を聞くとき、聖書を読むときなど、みことばを受け入れましょう。みことばに素直な人は成長し、祝福されます。
②19節で「何を話そうか心配しなくてよい」とあります。使徒の働き3~4章には、福音宣教後、早速、ペテロとヨハネが迫害を受け、民の指導者たちの前で尋問を受けています。そのとき、ペテロは聖霊に満たされて、力強く証し、御霊の力によって語りました。この私たちの時代においても、今後、どのような時が来るか分かりませんが、心配無用、聖霊にお委ねするのが一番です。そのためにも、聖霊に満たされることを求めましょう。
③28節には「たましいを滅ぼすことのできる方を恐れるべき」とあります。私たちは、どうしても目に見える人間を必要以上に恐れてしまう傾向にあります。しかし、「人を恐れるとワナにかかる。主に信頼する者は守られる。(箴言29:25)」とあるとおりです。
④30節には「頭の毛も数えられている。」とあります。私たち人間は創造主である神様に形造られ愛されています。また、聖徒は特別に守られるのです。あれやこれや先々のことを心配するのを止め、むしろ、主に信頼して期待しましょう。
⑤32節には「わたし(イエス様)を人の前で認めるべき」とあります。ペテロは使徒3~4章では大胆にイエス様を証ししていますが、かつてイエス様が捕らえられたとき、大祭司の中庭で鶏が鳴く前に三度もイエス様を「知らない」と言うほど弱い人だったのです。ですから、私たちも今は弱くても未熟だとしてもそれでよいのです。主に拠り頼みながら、これから成長していけばよいのです。

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