2013.1.13礼拝メッセージ要旨(マタイ12:1~14) 

 ①「人の子は安息日の主」…創造主である神は六日かけてこの世界と万物を創造し、七日目になさっていたすべてのわざを休まれ、この日を聖であるとされました。それ以来、今日、世界中で、六日働いて七日目は休むという聖書の教えが定着しています。十戒においては第四戒において「安息日を覚えてこれを聖とせよ」とありますが、非常に重要な戒めです。七日に一度体を休めて神を礼拝するということは、人間にとっては大きな祝福の源となります。

②安息日の曲解…さて、安息日をあまりに特別な日として位置づけ、却って生活するのに窮屈にしてしまった人たちがいました。イエス様は、安息日だから空腹でも穂を摘んではいけないとか、安息日は病を癒やしてはいけないというパリサイ人の言葉を退けられました。安息日に限らず、どんなことでも、その本来の目的や原点を見失うと途方もない結果を見ることになります。
③土曜日と日曜日…旧約時代の安息日は土曜日、現在のクリスチャンは日曜日をその日にあてています。それは、イエス様が日曜日に復活されたこと、また、使徒の働き20:7、第一コリント16:2を見ますと、初代教会の時から日曜日が礼拝の日として定着したようです。
④安息日の祝福…イザヤ58:13~14には、安息日の過ごし方が記されています。今日のクリスチャン向けに言い換えるなら、「日曜日を重んじて、この日を喜びの日として、礼拝を守り、我欲を慎むなら、主はその人を祝福され、この地上でも大いに恵みを受け、たとい世を去っても今度は永遠のいのちの祝福が待っています。」

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