●3月30日礼拝メッセージ要旨(マルコ1:12~28)

マルコ1:12~28から、記事の内容に合わせて、三つポイントをあげて学びましょう。
①荒野での試みと宣教開始…悪魔の誘惑は、最初の人であるアダムがその誘惑に負けて、人類に罪をもたらしました。第一コリント15:45では、そのアダムとイエス様とを比較して述べています。アダムは生きた者となった、とありますが最後のアダムであるイエス様は、生かす御霊となりました。そのためにも悪魔の試みに勝利され、宣教を力強く開始されました。今日、私たちも、最初の人アダムのように、ただ生きていて、やがて死に行くだけの人となるのか、それとも、イエス様を信じて、生かす御霊に支配されながら、滅び行く人に福音を述べ伝え、永遠の希望を持つ者となるのか。イエス様にある人生は、イエス様が私たちの内に働いてくださる。たとい死んでも永遠のいのち、そういう人生が既に始まっているのです。
②シモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ…彼ら四人は、イエス様から招きのお声を掛けられると、何もかも捨てて、直ちに従いました。なぜ、彼ら四人は、そういった思い切った決断ができたのでしょう。色々考えられますが、彼らは、神に選ばれていたことは間違いないでしょう。この世は、善と悪、聖なる神と悪魔が対峙している世界であり、最終的には、天国か地獄です。私たちは、自分が関わるそれが何から来ているのかしっかりと見分けて、主から来ているものなら素直に従順に従っていきましょう。
③カペナウムの会堂で…イエス様は、会堂内で叫んでいる人の汚れた霊を、権威を持って追い出されました。キリスト者は、イエス様抜きでキリスト者として生きることはできません(第一ヨハネ15:5)。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身につけましょう(エペソ6:11)。みことばと祈りに励んでまいりましょう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です