●3月27日礼拝メッセージ要旨(第一コリント15:50~58)

   イースター(復活祭)に因んで「死は勝利に飲まれた」という題でのお話しです。第一コリント15:50~58からポイントを3つあげて学びましょう。
   ①私たちは変えられる…私たち人間は、幼年期、少年期、青年期、壮年期、老年期、そして、やがては死を迎えます。しかし、聖書を見るときに、死で終わらない復活のからだ、永遠のいのちを持つことができる希望があるのです。創世記に登場するヨセフは兄たちによってエジプトに奴隷として売られてしまいました。兄たちは、父ヤコブに、ヨセフは獣に殺されたと嘘を言い、ヤコブはそれを信じていました。長い年月が過ぎたある年に、飢饉のために兄たちはエジプトに食料を買いに行きました。ところが、エジプトで実権を握り食料を管理しているのは弟のヨセフだったのです。兄たちは国に帰り、そのことを知らせると、ヤコブはぼんやりしていて、それが何のことか分かりませんでした。しかし、エジプトから送られたヤコブが乗るための車を見て、ヤコブは元気づいたのです。今日、「復活」と聞いても、ぼんやりしている人がいるかもしれません。復活、それは決してありえないことではなく、現実的に起こることで、私たちはそのことを信じるべきなのです。
   ②死は勝利に飲まれた…「死ぬ者は不死を着なければならない」とありますが、不死を着るとはどういうことなのでしょう。私たちは、人間中心社会に生きています。人間を第一にして、創造主である神を除外します。人間の都合を優先し、神の定めた律法を無視します。神の定めた道を外れ、自分勝手な道を進むことが「罪」であり、聖書は「すべての人が罪を犯した」と言っています。しかし、神は、御子イエス・キリストによる十字架の救いの道を開かれました。そこで、不死を着るとは、人が、神の前に自らを罪人であることを認め、イエス・キリストの十字架の救いを受け入れることです。そのとき、死は勝利に飲まれたというみことばが成就するのです。
   ③いつも主のわざに励みなさい…イエス・キリストを信じる生活は、言葉には言い尽くしがたい祝福があります。しかしながら、その信仰生活に戦いを挑む勢力もあり、油断大敵です。ですから15:58節で「堅く立って動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。」と言っています。私たち一人ひとり、きょう何をすべきか、何ができるか、主の喜ばれることな何かを見極め、天に宝を積む者となりましょう。

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