●3月8日(日)礼拝メッセージ要旨( ローマ5:12~21)

  「アダムとキリスト」という題でポイントを3つあげます。
  ①アダムは来たるべき方のひな型…アダムとイエス様は、全く違います。アダムは地から出た人であり、イエス様は天から来られた方です。でも、アダムは来たるべき方であるキリストのひな型であると言っていますが、どの部分がひな型なのでしょうか。アダムは神の命令を破り、それによって、全人類に罪を行き渡らせました。一方、キリストは十字架で救いを完成し、その救いの恵みが全世界に広がっています。一方は悪、一方は善、その内容は真逆ですが、全人類に広がったという点においてのみ、アダムは来たるべき方のひな型となったのです。
  ②違反の場合と違う恵み…違反と恵み、ことばからして、そのイメージは大きく違います。アダムの違反によって多くの人が死にました。しかし、イエス・キリストの恵みの賜物は多くの人に満ち溢れました。私たちは、罪と死の世界の中に留まって心暗く、望みのない生き方をするのではなく、イエス・キリストの罪の赦しの恵みによって、真のいのちに満ち溢れ、喜びに満たされましょう。
  ③ひとりの従順によって…ひとりの人の従順とは、イエス・キリストの十字架です。ピリピ2:6~8には「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。」とあります。イエス様の従順により、今日、私たちはイエス様を信じる信仰によって義とされる。つまり、無罪放免です。
   コーリー・テン・ブーム(1892~1983)というオランダ人クリスチャンは、ホロコースト生残者です。彼女の家族はユダヤ人を匿(かくま)ったという罪状でドイツのラベンスブルックの収容所に送られました。そして、家族の中でコーリーだけが生き残りました。その後、彼女は著名な執筆家になり、各地で講演しました。戦後2年を経たミュンヘンでの講演のあと、収容所で彼女を苦しめた、しかも特に残酷だったナチスの衛兵がコーリーに近づき、赦しを求めて手を差し出しました。赦すべきであることは充分知っていたコーリーですが、感情ではとても赦すことはできません。しかし、「赦すことは意志の問題だ」と悟っていた彼女は「イエス様、助けてください。」と祈りつつ、機械的に手を差し伸べました。その時、不思議なことが起こりました。彼女の肩から電流のようなものが流れ、腕を伝わって、繋がれた二人の手に流れたのです。コーリーは「兄弟赦します。…心の底から…」と叫びました。従順の模範を示されたイエス様に私たちが従うとき、聖霊が働き、恵みといのちが溢れるのです。

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