●2022年5月22日(日)礼拝メッセージ要旨

 ピリピ2:15~30から「世の光として輝く」という題で、ポイントを3つ上げていきます。

①世の光として輝く …イエス・キリストを信じ、教会生活を始めた人はクリスチャンと呼ばれます。また、クリスチャンは「神の子」、あるいは「選びの民」、「聖なる国民」などとも呼ばれます。それらの呼び名の中に含まれている一つの特徴は、「きよく生きる」ということにあると思います。それは、神の子としてきよく生きることを求められているのです。マタイ5:8には「心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。」とあり、ヘブル12:14には「すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。」とあります。聖なる国民であるクリスチャンは、この暗やみのような世の中にあって、聖書のことばをしっかりと心に蓄えて、世の光として輝くことを求めてまいりましょう。

②テモテについて…このピリピ人への手紙1:1にはパウロとテモテが手紙の差出人であると言っています。実際的には書いたのはパウロで、テモテは何らかの形でこの手紙に関わっていたということでしょう。使徒の働き16:1では、テモテはルステラ地方などで評判の良い人であったと記されています。それだけ、テモテは人間的に優秀で、神への信仰においても立派な人物だったのでしょう。そして、子が父に仕えるようにテモテはパウロと行動を共にし、パウロにとっては、自分の右腕とも呼べる存在だったと思います。ピリピ2:21で「だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことを求めてはいません。」と言っているのですが、逆にテモテは「我欲を求めず、ただキリスト・イエスを求めて行動している人」だったのでしょう。今日、私たちには、それぞれに与えられている天の神様からの使命があります。自分に与えられた使命を自覚し、この世の価値観などに惑わされることなく、キリストにある主の道を歩んで行きましょう。

③エパフロデトについて…エパフロデトは、ピリピの教会から遣わされてパウロのために贈りものを持ってきたようです。それゆえ、窮乏のパウロを支えたようです。しかし、エパフロデトは軟禁状態の囚人であるパウロの所にたどり着くまでには、それ相当の困難があったと思われます。その影響があったのでしょうか。彼は病気になって死ぬほどになったのです。でも、回復したので、パウロは安心し、今度は、「ピリピ人への手紙」をエパフロデトに託したようです。パウロはエパフロデトのことを「私の兄弟、同労者、戦友」と表現しています。パウロはもちろん、テモテも、そしてエパフロデトもそうですが、彼らの行動の原動力はどこにあったのでしょうか。それは、このピリピ2:6~8でも言われている十字架への道を歩まれたイエス・キリストのお姿ではないでしょうか。15節には「曲がった邪悪な世代の中にあって」とあります。この暗やみの世界の中において、私たちは、いのちのことばをしっかり握って、世の光として輝く者とならせていただきましょう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。