創世記45:1~28からです。この章で、ヨセフは兄弟たちに初めて自分のことを明かします。「ヨセフと兄たちとの和解」という題で、ポイント3つ上げていきます。
1.「ヨセフは兄弟たちに自分のことを明かす」…前章の創世記44章で、ヨセフの兄弟たちは、エジプトで穀物を買い、カナンの地に帰ろうとしますが、ベニヤミンの荷物の中にヨセフ専用の銀杯が見つかったことを理由に、ベニヤミン一人を監禁し、あとの者は帰って良いということになってしまいます。そこでユダが、「ベニヤミンが帰らなければ父ヤコブは死んでしまうでしょう。私はあの子の保証をしています。代わりに私が奴隷となります。」と言います。それを聞いていたヨセフは、感極まり、側近のエジプト人たちを外に出し、兄弟たちに自分がヨセフであることを明かします。兄弟たちは、驚きのあまり声が出ません。それもそのはずです。かつて兄たちはヨセフをエジプトに奴隷として売り渡しました。そのヨセフがエジプトの支配者となり、兄たちはその支配者がヨセフであることを知らず、彼の前にひれ伏していたのです。詩篇138:6には「まことに、【主】は高くあられるが、低い者を顧みてくださいます。しかし、高ぶる者を遠くから見抜かれます。」とあります。私たちは、たとい成功して高い地位に就いたとしても、神の前にも人の前にも謙虚さを失わないようにしましょう。「人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。(箴言18:12)」
2.「私をここに遣わしたのは神です」…驚いている兄たちを慮り、ヨセフは兄たちに対して「今、私をここに売ったことに対して心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神は命を救うため、あなたがたより先に私を遣わしてくださったのです。」と言います。そして、今後どうすべきかを語ります。飢饉はあと5年続くので、父をカナンからエジプトに連れて来て皆で一緒にエジプトで暮らしましょうと言います。そして、ベニヤミンを始めとして、兄弟たち一人一人と涙の抱擁をします。詩篇133:1には「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。」とあります。現在の世界人口は80億人を超えています。元々はアダムとエバの子孫です。本来なら互いに助け合い、愛し合って平和で豊かな世界を築いていてもよいはずです。しかし、現実は、あちらこちらで戦争や睨み合いが起きています。終わりの日が訪れ、千年王国時代になってからそれが成就することでしょうが、その神の国の雛型として、今、この地上にイエス・キリストを救い主、主として崇める教会が建てられています。「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。(エペソ1:23)」
3.「エジプトの車」…ヨセフの兄弟たちが来たという知らせがパロ王に届き、パロはヨセフに「兄弟たちに伝えなさい。全家族を連れて来て、エジプトの最良の地に住みなさい。エジプトの車を持って行き、それに父を乗せて来なさい」と言います。兄弟たちは父ヤコブの元に帰り、ヨセフが生きていてエジプトの支配者になっていることなどを父に話すのですが、ヤコブは何が何だか理解が出来ず、ぼんやりとしています。しかし、父ヤコブは自分を乗せるために送ってくれたエジプトの車を見ると、瞬時に理解し、元気づいたのです。この45章28節には「イスラエルは言った。『それで十分だ。私の子ヨセフがまだ生きているとは。私は死なないうちに彼に会いに行こう。』」とあります。27節までは「父ヤコブ」となっていますが、この28節では「父イスラエル」です。人間的に落ち込んでいたヤコブが希望に満ちたイスラエルに変貌したのです。今日、キリスト者は、イエス・キリストを信じる信仰のゆえに永遠の天の御国の希望を持っています。父イスラエルがヨセフに会いに行こうと元気づいた以上の大きな希望を持っているのです。