●2026年1月4日(日)礼拝メッセージ要旨                

1月1日の元旦礼拝では、箴言18:20~21から「信仰的告白」という題でした。新年最初のこの聖日礼拝も、それと共通する内容になります。ヨシュア記6:1~21から「エリコの城の攻略」という題で、ポイント3つ上げていきます。

1.「1×6+7=13」…出エジプト後、モーセが召され、ヨシュアがイスラエルの民を導くようになりました。ヨルダン川東岸から西岸に移動し、ギルガルに宿営して、いよいよカナンの地の最初の町エリコでの戦いに臨もうとしていました。そのとき神は、ヨシュアにエリコの城壁の回りを一日一度回り、それを六日間続け、七日目には七度回るようにと言われました。正に、人間の常識では考えられない戦い方です。でも、ヨシュアは従います。5章13~15節で、ヨシュアの前に主の軍の将が現われ、ヨシュアは主に全面的服従することを確認させられています。時代はBC(紀元前)1400年頃のこと、今から約3400年前のこと、しかも戦争の方法です。しかし、今日、私たちには霊的な戦いがあります。敵は人間でも国でもありません。悪魔とかサタンとか悪霊と呼ばれている存在です。エペソ6:12には「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」とある通りです。次の13節には「神のすべての武具をとりなさい」とあります。そして、14~18節にその七つの神の武具が記されています。①真理の帯、②正義の胸当て、③平和の福音の備え、④信仰の大盾、⑤救いのかぶと、⑥神のことば、そして⑦祈りです。

2.「戦士たちの列の間に七人の祭司たちと契約の箱が」…城壁の回りを合計13度回るのは戦士たちだけではありません。雄羊の角笛を持った七人と祭司と契約の箱が戦士たちの列の間に入って一日一度を六日間、七日目に七度合計で13度回ります。つまり、神の臨在の象徴である契約の箱と神に仕える祭司たちを真ん中にしているのです。今日(こんにち)、この世の一般的な考えでは「この世界は偶然に出来た」と考え、人間の存在目的についても答えを持っていません。しかし、Ⅰコリント8:6には「私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。」と記されていて、この世界の存在の原因と人間の存在の目的を明確にしています。ですから、私たちは創造主なる真の神と救い主イエス・キリストを信じ受け入れ、神を第一にして歩んでまいりましょう。

3.「城壁が崩れ落ちた」…ヨシュアはヨシュア記6:17で、城壁の回りをまわり終えて、ときの声を上げて城壁が崩れ落ちたとき、まず「遊女ラハブとその家族を生かしておかなければならない」と命じています。それは、ラハブがイスラエルの斥候二人を追手から匿い、また彼女自身がイスラエルの神を信じ恐れていたからです。それゆえに、マタイ1章のキリストの系図にはラハブの名が記され、あのルツ記のボアズの母となり、ボアズの子オベデ、オベデの子エッサイ、エッサイの子はダビデとなっています。さて、神がヨシュアに告げた通り、合計13度城壁の回りをまわって、祭司の角笛が吹き鳴らされ、民がときの声を上げると、城壁は崩れ落ちました。イエス・キリストはマタイ21:21で「まことに、あなたがたに告げます。もし、あなたがたが、信仰を持ち、疑うことがなければ、いちじくの木になされたようなことができるだけでなく、たとい、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言っても、そのとおりになります。」と言われました。昔も今も、主のみこころなら、主の許しの下に奇跡は起きるでしょう。私たちは、全能の主を信じ、期待して祈り、主の時を待ち望みましょう。

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